楽しくやっているのとで

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gooメール無料版が昨日で終了したので、あちこち、アドレス変更のお知らせを出したり、
アドレス変更手続きをしたり、ちょっと手間取った。
新しい、別に作った無料メールから送ってみ通渠公司たりしたが、入っているのは、広告もどきばかり。
ちゃんと送れているのか、心配???
なんて、「あたし、パソコンさわるの、はじめてなの」、のような心配をしている。
他にも、FAXしたり、あれこれ計算したり、集計したり、事務的作業に追われた。

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どうでもいいことをDR REBORN投訴書いている。
これも、深夜ブログの影響か。

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わたしのブログを卒業される方々も、きっとわんさか、わんさか、おられることだろう。
3月は、卒業のシーズン。
新しい門出に向かって、皆さまの新生活スタートを応援しています。
なんて、春の応援キャンペーンみたいになってしまっている。

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やはり、深夜は良くない。
もう、おしまいにします。
ぜんぜん、内容が無いのに、アップするのは、どうかと思うけれど。

夜は、やはり、眠るべきもののようです。前に気になって、ちょいちょい訪れていたブログ。
ブロガーさんの年齢は、まったく違う、わたしの娘世代。
今日、ひさしぶりに訪れてみた。

ごくごく当たり前のことだけれど???
性格のどこかの部分は、わたしと似ているのだが、考え方、感じ方がまったく違う。
違う世代で、違う生活環境なので、違っていて当たり前なのだが。


しばらく離れてみると、ああ、もう、まったく違うなあ???と感じた。

日常生活の上で、同じ事柄、役柄をこなすにも、
嫌々ながら渋々やっているのとは、ぜんぜん違う。
ご本人の私生活の状況が、満足いかないのであれば、しかたないのかも知れないが。

子どもの習い事や、ファッションは、他人に差をつけるためのものだ、という考えは、わたしには賛同できない。
子どものためを思ってやるか、あるいは、親のエゴを子どもに押し付け振り回すか、どっちかならありえる。
他人の目を気にして競争するなんて、まったくわたしには、興味がない。
軸足は、自分でなければ、
他人は、自分以外のすべてなのだから、
そんな、やたら大量の不特定多数を相手に競ってみても、敵は次から次から現れ、虚しいだけだ。



ということは

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めんどくさそうな作業(製本)を先送りにし、でも、視野に入れ、???
にもかかわらず、ブログを更新する。

ある近しいリアル人の方のブログを延々とさかのぼって読んだ。
もう、そのブログは更新されないのだが、閉鎖もされない。
ブログを開設されて8年ぐらいになるのだろうか?

その中に、わたしが3年前、お送りした写メールがアップされているのを偶然、発見した。
その扱いには、悪い印象は受けなかった。
ブログ記事量があまりにも膨大すぎて、なかなか目を通すことができなかったブログだが、
時間がある時に、少しずつ読んでいる。

ほんの稀に、わたしの関わったこともアップされている。
あ、これ、わたしだ~。
なんだか、不思議な気持ちだ。

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学生時代の友人から、「実家に遊びに来ない?」と、複数の友人宛に一斉メールが入った。
「○○ちゃんは遠いから、このお誘いメールを送ってません」
「△△ちゃんは、その日、仕事で無理だそうです」
とも追記されていた。

わたしは、時間が取れたら参加する気、満々である。
わたしの実家にも、何年か前に、彼女たちを招待し、遊びに来てもらった。
実家が元気な状態で存在するうちに、一度、呼びたかった。
彼女たちの記憶にも留めてほしかった。
なので、今度は、彼女が呼びたがっている、なんらかの心境の変化かも知れない。

今は、お一人で住んでおられるお父さんが、もし他界されたら、あのご実家は消滅するのかも知れない。
その前にぜひ、知っておいてほしい、と思われたのではないだろうか。
彼女のルーツ、生きてきた証の一部のようなものを。

家は、どんどん消えていく。
継ぐ人のいないお墓も、どうなるのだろう。
彼女は、お子さんのうちの誰かに家を継いでほしいのかも知れない。
彼女は、二人姉妹の長女、子供さんは、全員娘さん。女系家族だ。



サイクルが違うの

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その人の、嫌いな部分もある。
性格や嗜好の面で。
ある程度の訪問で遠ざかったのは、そのせいでもある。
しかし、年月が経つと、嫌いな面は、私自身のコnuskin如新ンプレックスから来るものだったりしていた。
なので、今、その人と向かい合っても(といっても、勝手に一方的にブログを読むだけだが)、
以前のような感情はない。

わたしも成長した(年を取った、とも言う)。
あの人も、まるくなられたと思う。
意気込みを通り越して、なんだかムキになnuskin如新っていた、肩にへんに力が入っていた、
キツさ、刺々しさ、デリケートな心を隠すような強気の姿勢、無理やりっぽい明るさ、
そういうものが消えていたように感じた。

おそらく、子育てがひと段落して、楽になったこと、落ち着いたことで、
生活そのものを楽しめるようになったのだろう。
彼女は、わたしより10歳も年下なので、いつまでも死ぬまで10歳年下なのだが。
たった10歳で、あんなに生活だ、と、自分でもびっくりした。
子供や夫、つまり家庭を軸にすべてが回る生活。
子育て期の専業主婦か否か、では、当然違って当たり前なのだが。

あと10年経つと、どうなるのだろうと想像してみる。
お子さんたちは、全員成長され、独立されnuskin如新るだろう。
日ごろは、ご主人と二人だけの静かな生活。
(フランス人は、日本人の結婚観とは少し違い、結婚は事実婚重視。
嫌いになると、すんなり別れる傾向にあると、感じる。
ご主人と別れていないとは思うものの???)
しかし、なにかの機会には、みんなで集まって楽しい時間を過ごされることだろう。




離れるもあっとはな

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魂をゆさぶる
 禅の名言                         高田明和 著より

 幸せは 親死ぬ 子死ぬ 孫死ぬ
                    仙厓義梵師(江戸時代の禅僧)

 仙厓和尚は江戸後期の禅僧です。 書画をよくし、その書は文化財にも指定
されています。
 仙厓和尚はの有名な言葉初中數學教學には、「気にいらぬ 風もあろうに 柳かな」 という
句があり、この句には風に柳の枝がそよぐ図が描かれています。 柳にも嫌な
風というのがあるかもしれない、しかし、柳はどちらから吹いてきても、枝をなび
かせ従がっている。 というのです。

 或る時に殿様の親がなくなり、家中は悲嘆にくれていました。 仙厓和尚は、
「幸せは、親死ぬ、子死ぬ、孫死ぬだ。 不幸せは、孫死ぬ、子死ぬ、親死ぬ
だ」
 と述べて、皆を慰めました。
 実際、孫が先に死ぬようなことがあれば、祖父母は悲しみにくれる日々を送
ります。 また子どもに先立た歐洲旅行團れても同じです。 人間は必ず死ぬ、それなら、
このように、年をとったものから順番に亡くなる方が幸せだというのです。
 私たちは本来永遠に続く仏の心を持っていると釈尊は悟られました。 そして
死はこの仏の心に帰ることだと悟られたのです。 私たちが生きている間はこ
の肉体に縛られ、本当は、生きていても仏の心の世界に存在するのに、どうし
ても自分と他人を分け隔ててしまいます。

 日本の臨済宗の開祖・栄西禅師も
 「大いなるかな、心は天よりも大きく、海よりも深し」
 といっておられます。 死は、存在から無になることではなく、この本来の心
の世界に戻ることだというのです。
 釈尊が亡くなられる時にお子さんのラゴラは、独り悲しみにくれていました。
釈尊はラゴラを呼び、 「今まで肉体のある間は、そなたと一緒にいることもで
きたが、離れ離れにならざるを得ない婚禮攝影こともあった、しかし、私が涅槃に入れ
ば、もはや、常にそなたと一緒にいて、離れることはないのだ」 と言われまし
た。
 亡くなった方が浄土におられるとというのも、このことをいっています。 亡くな
った人を 「仏さま」 というのも同じです。 すべての人は釈尊と同じ心の世界
にはいられたのです。
 このように言っても、親しい人が亡くなれば、悲しみにくれることは当然です。
悟りを開かれた仙厓和尚も、このことを重々に承知された上で、死ななくては
ならない存在である以上、死は避けられないが、自分のほうが子ども、孫より
先になくなるというのは、その逆に比べたら、どんなに幸せかを考えてみなさ
い。 と諭されたのです。