じんときた

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今日は、週に一度のフィットネスの日。
だが、、、外は、雨。
薄暗い、鬱陶しい天気。
木曜日の社交ダンスレッスンをやめてから、この日は、どうも、活動がスムースではない。
スタート時間が決まっていないので、だらだら、ズルズル・・・。
来週こそは、ちゃんと行こう、と思うのだが、最低最小限度のフィットネスしか出来ない。
時間切れにつき、スイミングは、カットせざるを得ない。
ひょっとして、マシーン ルームではまた、あの、オゾマシキ ドラマ「牡丹と薔薇」を再放送しているかも???
今から、胸やけがしてきた。

人間、やはり、なにか迫るものがないと九龍數學老師
、自主的には、コトを起こせない。
特に私のような、意志の弱いものにとっては。
このまま、ずるずると、パソコンの前に座っていそうな悪い予感がする。

ブログに、前から書こうと思っていた「今度は愛妻家」にチャレンジしてみようか。
なにかを引きずって、なかなか書けなかった。
なんでもかんでも、すぐアップする私にしては、珍しいことだ。

と、こんなに前置きが長くなってしまい、
ここまで読んだ方は、今更、もうこの先を読む気がしなくなってしまったことだろう尖沙咀匯款



さて、「今度は愛妻家」
トヨエツと、薬師丸ひろ子の、とてもシブく、切ない映画。
涙が勝手にハラハラと流れ、優纖美容好唔好公開してまだ間もないというのに(16日 土曜日公開)
なんと、しつこく2度も映画館に足を運んで、観てしまった。
オカマの石橋蓮司は、なかなかの名演技。
2回目も、涙が流れたが、泣くシーンは、微妙に1度目と違うところだった。





おっちゃんの話はど

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いつもは、自分の持ち時間のほとんどをインターネットに費やしているので、手持ち無沙汰。
しかたないので、この3日間、やったことは・・・。
脳トレの一種で、「数独」。空いたマスに、数字をはめ股票分析込んでいくもの。
実は、ハマった。クセになる。
寝る時間になってしまい、ベッドの中まで持ち込んで、やった。
(→が、やろうとするや否や、即、眠ってしまった。脳トレを脳が拒んだようだ。
自分の脳を自分が指令しているのに、脳が勝手に謀反を起こして命令を聞かない。)
最初はものすごく時間がかかったのだが、徐々にコツを覚えたり、難解に苦しんだり。
「暇つぶし?」と娘に切り込まれたが、
「違うよ」と首を横に振るものの、ギクリ、半分戶外証婚は当たっている。

たまっていた新聞の読破。
お楽しみの土曜日だけの特集新聞(数週間分)も、読破。
株式の公開買付関係書類に、目を通す。
これまた、たまっていた書類の分類。
電子辞書の英語、フランス語、発音チェック。

そんなに時間があるのなら、愛する娘の臉部拉提ために、手の込んだ料理をすればよいのに、
私は料理が苦手。
まるで、独身一人住まいのような、かんたんメニュー。
ごめんね。M子ちゃん。
あなたが生まれた時から、母は手抜きで。
(実は、自分が生まれた時から、私は手抜き人生)

というわけで、彼女が帰って行った後、さあ、と早速いそいそパソコンに向かっている。
せっかく中毒が治癒できたと思ったのに、単なる一時的緩和療法だったのか???
また、数独もやってみる?



急にまた寒くなってきた。
温度が上がったり下がったり、で、大変。
暑さ寒さも彼岸まで、って、今年は当てはまらない。

ところで、私の感性は、ものすごく古くさい。
というか、へんにトレンドとか、少しだけ気になるものだから
よけいに「終わっている感」が強い。
かといって、お勉強に強いかというと、全くだめ。
古典や歴史、現代事情にも疎い。
ボキャブラリーも貧困、覚え間違いもわんさか。

じゃあ、どうしろと?
日常の生活も、平凡の極み。
勤勉でもなければ、ハチャメチャでもない。
その割には、秘密主義。
心を晒すことも、開示し切ることもない。
要は、何でもかんでも中途半端ということだ。

何が言いたいか、という言うと・・・・

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にかと受けているので

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たしの母親Sというものは、じつに勝手である。

わたしが子供の頃は、子育ては放任主義で、人任せ、
(結婚はお世話になったけれど)
わたしの子供(孫)の子育ては、節目節目にお祝いなどはくれるけれど、平素は、ほとんど知らん顔、
わたしの孫育てのあたりで、老化現象、ぼちぼち認知症。
ここ最近、階段を転げ落ちるかのごとく、どん去皺どん加速度を増している。
「自分S(母親)も、かまって~。来てちょうだい~」

と、文章に書くと、なんだ、まともな母親じゃないの、という印象を受けた。
子供の道をはずさせず、しっかり育てている。
子供側からみると、大なり小なり不満はだれにでもあるものだ。
「ママ、大好き!!」と幼い頃から、老女にな眼內注射ってまでも、ママを熱く思い続けている子供は、どれぐらいいる?

そもそも、わたしは、ぜんぜん、「ママ、大好き!!」という、テレビの風邪薬のCMや、洗剤のCMに出てくるような、あんなイメージは皆無。
あれは、イメージを植え付けるために、作られたものだと確信している。

ちゃんと育ててもらって感謝はしているが、足長オジサン的な感覚もある。
衣食住、まともに生活できる環境を与えられ、学費、その他、出してもらい、
ありがたいこ起維數學教室とである。

と、冷静にアタマを下げているのだが、感情的には、いつもアタマに浮かぶのは、
嫌いな面ばかり。
結婚して、あの嫌いな母親から離れられて、どんなに幸せだったか。
幸せに育ててもらっているのに、嫌いだなんて、母としては割りに合わない。
なぜなんだろう?

性格、行動が嫌いなのだ。(とうぜん、悪い面ばかりではないけれど)
まさにわたしの格好の反面教師となって君臨している。

大人になってからでも、親からの恩恵をな、あまり大きな顔は出来ない。
そのあたりに、わたしの弱みがある。


誰のおかげで大きくなったと思っている?と仮に親に言われたとして、
「はい、親のおかげです」と当然のごとく何の抵抗もなく答えるのであるが、
母親に対して、ひとつ言えることは、
自立心がないということ。計画性がない。
「父(母Sの夫)」という大きな盾に守られて、自立心が育たなかったようだ。