離れるもあっとはな

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魂をゆさぶる
 禅の名言                         高田明和 著より

 幸せは 親死ぬ 子死ぬ 孫死ぬ
                    仙厓義梵師(江戸時代の禅僧)

 仙厓和尚は江戸後期の禅僧です。 書画をよくし、その書は文化財にも指定
されています。
 仙厓和尚はの有名な言葉初中數學教學には、「気にいらぬ 風もあろうに 柳かな」 という
句があり、この句には風に柳の枝がそよぐ図が描かれています。 柳にも嫌な
風というのがあるかもしれない、しかし、柳はどちらから吹いてきても、枝をなび
かせ従がっている。 というのです。

 或る時に殿様の親がなくなり、家中は悲嘆にくれていました。 仙厓和尚は、
「幸せは、親死ぬ、子死ぬ、孫死ぬだ。 不幸せは、孫死ぬ、子死ぬ、親死ぬ
だ」
 と述べて、皆を慰めました。
 実際、孫が先に死ぬようなことがあれば、祖父母は悲しみにくれる日々を送
ります。 また子どもに先立た歐洲旅行團れても同じです。 人間は必ず死ぬ、それなら、
このように、年をとったものから順番に亡くなる方が幸せだというのです。
 私たちは本来永遠に続く仏の心を持っていると釈尊は悟られました。 そして
死はこの仏の心に帰ることだと悟られたのです。 私たちが生きている間はこ
の肉体に縛られ、本当は、生きていても仏の心の世界に存在するのに、どうし
ても自分と他人を分け隔ててしまいます。

 日本の臨済宗の開祖・栄西禅師も
 「大いなるかな、心は天よりも大きく、海よりも深し」
 といっておられます。 死は、存在から無になることではなく、この本来の心
の世界に戻ることだというのです。
 釈尊が亡くなられる時にお子さんのラゴラは、独り悲しみにくれていました。
釈尊はラゴラを呼び、 「今まで肉体のある間は、そなたと一緒にいることもで
きたが、離れ離れにならざるを得ない婚禮攝影こともあった、しかし、私が涅槃に入れ
ば、もはや、常にそなたと一緒にいて、離れることはないのだ」 と言われまし
た。
 亡くなった方が浄土におられるとというのも、このことをいっています。 亡くな
った人を 「仏さま」 というのも同じです。 すべての人は釈尊と同じ心の世界
にはいられたのです。
 このように言っても、親しい人が亡くなれば、悲しみにくれることは当然です。
悟りを開かれた仙厓和尚も、このことを重々に承知された上で、死ななくては
ならない存在である以上、死は避けられないが、自分のほうが子ども、孫より
先になくなるというのは、その逆に比べたら、どんなに幸せかを考えてみなさ
い。 と諭されたのです。



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