ミュージカル

カテゴリー



最初にあまりよくない印象を持つと、それ以後も、動作、演技が気になった。
童顔が幼いかんじに映り、ダイナミックさに欠けた。

踊り子たちがバレエを踊るシーンは、好きだ。
クラシックバレエの基本の動きに則って軽快に、静かに、
トウシューズが床を舞う音の耳さわり、
パタパタ空気の回る気流を感じるのが、なぜか私は好きなのだ。
音楽もキレがよかったが、「ウイーン版エリザベート」のように、
生オーケストラと鑽石能量水いうわけにはいかないようで、その分は臨場感は敵わない。

客席は、両サイドに少し空席があった。
今まで私が観た観劇、、ショーや舞台で、空席があったのは、初めてだった。
お客さんのノリもあまり良くないと感じた。
アンコールや、スタンディングオベーションも数回あったものの、
わたしはなぜか、不燃焼。
一緒に行った人は、「お客さんのノリは、それほど悪くなかった」と言っていたが。
あれこれ観るようになって、私の嗜好が、変化したのか?
好みが、はっ鑽石能量水きりしてきたのか?
感性が、鈍ったのか?

しかし、主役の俳優以外は、飽きさせない演出は良かったと思う。
うーーん???主役の俳優のどこが私にとって不完全燃焼なのか????????
やはり、「ウイーン版エリザベート」と比べてしまうからだろうか???
「ウイーン版エリザベート」の歌曲は、今でも耳に残っているような気さえする。
歌唱力鑽石能量水が違うのか????

ただし、クライマックスでは、しっかり涙がほろほろと、知らないうちに流れていた。



実家で、祖父の50回忌の法要があった。

明治~大正~昭和を生きた祖父。
それからまた時代は平成を迎えた。
祖父の死後、ひとくちの50年といっても、山あり谷あり、
喜怒哀楽に彩られ、家族は変化していった。
商才のある人、ない人、幸運な人、不幸な人、成功する人、失敗する人、、、、
家族を取り巻く周りの人々も、時代とともに浮き沈みの波があった。




にピザを作ったり

カテゴリー

下の息子さんはまだ小学6年生だが、お母さんが忙しいから、食事の用意は慣れている。
気が向くと、小麦粉からイーストを使って本格的、オム冷凍溶脂ソバを作ったり、
主婦顔負けの創意工夫をするそうだ。
最近は、音楽(楽器演奏)にも目覚めているとか。
ご長男も親が知らない間に、私立大学在学中に、国立大学を受験し、今年、合格。
「あの子ったら、親に隠れて陰でコソコソ勉強してたのよ~」と、Fさんは言うが、
合格決定の日に、「国立大学へ行かせてく色斑ださい」とご両親に頭を下げたそうだ。
(こういうケース、けっこう耳にする)

親がかまってやれないと、それなりに子供は自立してくれる。
過保護、過干渉は良くない。
放任しても、子供は親の背中を見て育つ。


今からまた、Fさんは辛い時期に突優纖美容入する。
社労士資格勉強中は、一切遊びも余裕もなく、ひたすら勉強ばかりしていたという。
次の資格に向けて、ちょっと休養も必要かなあ~と感じるそうだ。
「その前に少しだけ、楽しい、キラキラしたものに触れたくて。
だから、また、時々お付き合いしてね」
そう言うFさん。
夢に向かって、不断の努力が続く。


なにしろ、寒い。
近鉄阿部野橋駅から急行を乗り継ぎ、約50分。御所駅へ。
御所駅から、かわいい小ぶりのバスで約20分、ロープーウェイ前へ。
温度計を見ると、氷点下ゼロ度。寒そう???

葛城登山口から、ゴンドラみたいなロープーウェイで葛城山上へ。
ゆーらり、ゆらり。高い~。
まさに読んで字のごとく、ロープのウェイだ、と実感。(→意味不明)
これ、落ちたら? 途中で止まったら?
いろいろ考えながら、でも、しっかり360度に広がるパロラマ?ビューを楽しむ。
高所恐怖症の方には、オススメしませんが。







じんときた

カテゴリー

今日は、週に一度のフィットネスの日。
だが、、、外は、雨。
薄暗い、鬱陶しい天気。
木曜日の社交ダンスレッスンをやめてから、この日は、どうも、活動がスムースではない。
スタート時間が決まっていないので、だらだら、ズルズル・・・。
来週こそは、ちゃんと行こう、と思うのだが、最低最小限度のフィットネスしか出来ない。
時間切れにつき、スイミングは、カットせざるを得ない。
ひょっとして、マシーン ルームではまた、あの、オゾマシキ ドラマ「牡丹と薔薇」を再放送しているかも???
今から、胸やけがしてきた。

人間、やはり、なにか迫るものがないと九龍數學老師
、自主的には、コトを起こせない。
特に私のような、意志の弱いものにとっては。
このまま、ずるずると、パソコンの前に座っていそうな悪い予感がする。

ブログに、前から書こうと思っていた「今度は愛妻家」にチャレンジしてみようか。
なにかを引きずって、なかなか書けなかった。
なんでもかんでも、すぐアップする私にしては、珍しいことだ。

と、こんなに前置きが長くなってしまい、
ここまで読んだ方は、今更、もうこの先を読む気がしなくなってしまったことだろう尖沙咀匯款



さて、「今度は愛妻家」
トヨエツと、薬師丸ひろ子の、とてもシブく、切ない映画。
涙が勝手にハラハラと流れ、優纖美容好唔好公開してまだ間もないというのに(16日 土曜日公開)
なんと、しつこく2度も映画館に足を運んで、観てしまった。
オカマの石橋蓮司は、なかなかの名演技。
2回目も、涙が流れたが、泣くシーンは、微妙に1度目と違うところだった。





おっちゃんの話はど

カテゴリー

いつもは、自分の持ち時間のほとんどをインターネットに費やしているので、手持ち無沙汰。
しかたないので、この3日間、やったことは・・・。
脳トレの一種で、「数独」。空いたマスに、数字をはめ股票分析込んでいくもの。
実は、ハマった。クセになる。
寝る時間になってしまい、ベッドの中まで持ち込んで、やった。
(→が、やろうとするや否や、即、眠ってしまった。脳トレを脳が拒んだようだ。
自分の脳を自分が指令しているのに、脳が勝手に謀反を起こして命令を聞かない。)
最初はものすごく時間がかかったのだが、徐々にコツを覚えたり、難解に苦しんだり。
「暇つぶし?」と娘に切り込まれたが、
「違うよ」と首を横に振るものの、ギクリ、半分戶外証婚は当たっている。

たまっていた新聞の読破。
お楽しみの土曜日だけの特集新聞(数週間分)も、読破。
株式の公開買付関係書類に、目を通す。
これまた、たまっていた書類の分類。
電子辞書の英語、フランス語、発音チェック。

そんなに時間があるのなら、愛する娘の臉部拉提ために、手の込んだ料理をすればよいのに、
私は料理が苦手。
まるで、独身一人住まいのような、かんたんメニュー。
ごめんね。M子ちゃん。
あなたが生まれた時から、母は手抜きで。
(実は、自分が生まれた時から、私は手抜き人生)

というわけで、彼女が帰って行った後、さあ、と早速いそいそパソコンに向かっている。
せっかく中毒が治癒できたと思ったのに、単なる一時的緩和療法だったのか???
また、数独もやってみる?



急にまた寒くなってきた。
温度が上がったり下がったり、で、大変。
暑さ寒さも彼岸まで、って、今年は当てはまらない。

ところで、私の感性は、ものすごく古くさい。
というか、へんにトレンドとか、少しだけ気になるものだから
よけいに「終わっている感」が強い。
かといって、お勉強に強いかというと、全くだめ。
古典や歴史、現代事情にも疎い。
ボキャブラリーも貧困、覚え間違いもわんさか。

じゃあ、どうしろと?
日常の生活も、平凡の極み。
勤勉でもなければ、ハチャメチャでもない。
その割には、秘密主義。
心を晒すことも、開示し切ることもない。
要は、何でもかんでも中途半端ということだ。

何が言いたいか、という言うと・・・・

ブログ村 自分らしさ
人気ブログランキング



にかと受けているので

カテゴリー

たしの母親Sというものは、じつに勝手である。

わたしが子供の頃は、子育ては放任主義で、人任せ、
(結婚はお世話になったけれど)
わたしの子供(孫)の子育ては、節目節目にお祝いなどはくれるけれど、平素は、ほとんど知らん顔、
わたしの孫育てのあたりで、老化現象、ぼちぼち認知症。
ここ最近、階段を転げ落ちるかのごとく、どん去皺どん加速度を増している。
「自分S(母親)も、かまって~。来てちょうだい~」

と、文章に書くと、なんだ、まともな母親じゃないの、という印象を受けた。
子供の道をはずさせず、しっかり育てている。
子供側からみると、大なり小なり不満はだれにでもあるものだ。
「ママ、大好き!!」と幼い頃から、老女にな眼內注射ってまでも、ママを熱く思い続けている子供は、どれぐらいいる?

そもそも、わたしは、ぜんぜん、「ママ、大好き!!」という、テレビの風邪薬のCMや、洗剤のCMに出てくるような、あんなイメージは皆無。
あれは、イメージを植え付けるために、作られたものだと確信している。

ちゃんと育ててもらって感謝はしているが、足長オジサン的な感覚もある。
衣食住、まともに生活できる環境を与えられ、学費、その他、出してもらい、
ありがたいこ起維數學教室とである。

と、冷静にアタマを下げているのだが、感情的には、いつもアタマに浮かぶのは、
嫌いな面ばかり。
結婚して、あの嫌いな母親から離れられて、どんなに幸せだったか。
幸せに育ててもらっているのに、嫌いだなんて、母としては割りに合わない。
なぜなんだろう?

性格、行動が嫌いなのだ。(とうぜん、悪い面ばかりではないけれど)
まさにわたしの格好の反面教師となって君臨している。

大人になってからでも、親からの恩恵をな、あまり大きな顔は出来ない。
そのあたりに、わたしの弱みがある。


誰のおかげで大きくなったと思っている?と仮に親に言われたとして、
「はい、親のおかげです」と当然のごとく何の抵抗もなく答えるのであるが、
母親に対して、ひとつ言えることは、
自立心がないということ。計画性がない。
「父(母Sの夫)」という大きな盾に守られて、自立心が育たなかったようだ。



いどんのカケッコ

カテゴリー


中年は、ローンの支払いに、追われる。
時には消費者金融。
保険を解約することも。

熟年?壮年には、満期になった定期預金。
利子だけ使うのもよし、全額、預けか染髮焗油えるのもよし、継続するのもよし。

老年は、年金で細々と。

なんだか、銀行か、生保会社のライフプランみたいになってきた。
この例えは堅実すぎて、夢がない。


と、ここで、タイムアップ。
いきなり、オチなく、突然、終わ雪纖瘦ります。人に価値観を押し付ける。

親は、特に、子供に価値観を押し付ける。

常識を教えるのは、おおいに結構。
だが、常識以外の、オプション部分、我が家流、というカラー。
その価値観が、いわゆる家風。

いまどき、一般的には、家風などないだろう。
核家族になり、家風は、一代限りの雪纖瘦ものになった。
家風がないのが、家風。
欧米の個人主義の影響を受け、オール自由、という家風もあるだろう。
親の価値観を踏襲するのか、塗り替えるのか、乗り越えるのか。
はたまた、改善して伝えるのか。
親の価値観は、基礎、土台となる。


学歴偏重。
これは、親の価値観の押し付けである場合が多い。
偏重とまではいかなくても、そこそこ無理のない学業の習得を親は子供に勧める。
野山を駆け巡り、やっほー、やほっーと原始人のように過ごさせる寛大な親もいるだろう。
ただし、意図的に教育方針でやっているのか、ネグレクトで、そうなったのか。
はたまた、教育にかける労力、時間、経済の余裕がないのか。

人を学歴や肩書きで判断するのは、大嫌いという人は、多い。
もっともだ。まともだ。
ただ???、
同時期に入社する、大勢の同期と一斉に、西宮神社のえびすさんの一番福カケッコみたいに、
横並び、並列の立場で、競争して勝ち抜かなければいけない、企業サラリーマンになったつもりで想像してみると、
同じ条件で(あるいは、優遇されている人もいるだろう)上に上がって、肩書きを得るまでになった人を、
わたしは、評価する。(あたりまえか)

ちなみに、
わたしは、力不足、甚だしく、よ~の位置にもつけなかった。
門前払いにも至らなかった。
なので、わたしの発言には、説得力はない。
ただし、すっばいブドウではなく、アリとキリギリスの、「アリさんの甘いブドウ」を評価する。


無理をするあまり、人を見下したり、人格、品性に歪を生じた人は、いくら肩書きが素晴らしくても非難を受ける。
あたりまえだ、もっともだ。
(長い間、利権をほしいままにすることに慣れ、腐敗を生じる、悪の循環?温床を作る、お偉い人々は、
当然、非難だけでは済まされない)



らタブレターがット

カテゴリー

ブログというものは、書かれている内容が気になるところに訪問するようだ。
人々は、より刺激的な内容に惹かれていくものらしい。

同じブログでも、刺激的なことが書かれている時期は、多くの人々はそこに集中し、
打って変わって落ち着き、なにげな香港景點い内容になると、ささーっと引く。
まあ、これは、エッセーなどのカテゴリーでは起こらない現象だと思われるが。

ブログのカテゴリーには、同好の人々が集う。
なので、興味の対象や感性も、同じようなもの、質なのだろう。

わたしだけかも知れないが、
年齢が上がってくると、生々しい事象には、あまり興味がなくなる。
ギトギト、べとべと、???体力、気力を消耗する。
そんなのよりも、爽やかな、さhong kong business schoolらっとしたものを好む。
食べ物の嗜好に似ている?
人との争いや比較も、疲れるだけだ。
自分と争うほうが、ずっといい。努力する自分を見続けるのも楽しい。
過去の自分、現在の自分、未来の自分。
比較するのは、時系列に並べられた自分。

ある意味、年とともに自分が確立されてくるのだろう。
人の動向に刺激は受けても、惑わされるには至らない。


「おかあさんは、友人がいないんやね」
と、上娘が言う。
「はい、そうですが、なにか?」
かわいげもなにもなく、開き直るというか、「友人ってなに?」と逆に彼女に質問する。

「友人たちと会って話して、お互いに経験談を聞き、取り入れ、失敗談からは学び、
友だちの友だちの話も刺激を受けたり参考急凍雞にしたりできる。
自分の指針にもなるし、会っていると、第一、楽しい。
すばらしい関係」
そう彼女は力説する。

「会う時間を工面し、時間、労力、お金を費やして、なんにも面白くない」とわたしが言うと、
それは、友だちでもなんでもない、そうだ。
そうだろう。おっしゃるとおり。


「おかあさん、一方的コミュニケーション、楽しい?」
と、ブログ更新をしているわたしの背中から、上娘が言う。
彼女は授乳させながでCNNニュース(英語)を聴いている。
いまは、オバマ大統領のなにかの発言について、キャスターが注釈を加えているようだ。
妹(下娘)にも勧め、妹が今度は聴いている。

資格試験を受けるため勉強中である上娘が、その道の先輩である下娘に質問をしていた。
下娘は、だだだーーっと、数式の説明をしていた。(ちんぷんかんぷん)
この光景を、わたしは好ましく見ている(ただし、ブログ更新中なので背中で)


とりあえず、一日一回、ブログを更新しないと、気になってしかたないという、
不思議な病魔に侵されてしまった者の、楽しくも悲劇的な日常である。


仕事オフ、姉妹の顔が揃う、久しぶりの、ゆったりした週末の午前。





にいればいるほど

カテゴリー

こころの整理が、つかない。が立つと、どうするか?
やけ食いとか、そんなことは、一度もしたことがない。
机や壁を叩くとか、アタマをぶつけるとか、自分が痛いこともしない。
こころの中では、よく、ちゃぶ台をひっくり返している。

家の外では、腹が立つことはほとんどないが、おそらく、ムカ自然搜索排名つかれていることは、あるだろう。
自分が気付いていないだけで。

アカの他人の行動に対しては、腹が立つ、を通り越して、理解できない、という状況になる。
まったく文化、習性、考え方の違う外国人か、はたまた宇宙人なのか?と感じる。


知人の場合は、ほとんど、腹が立たない。(想像してみると、腹を立たれているほう)
家族の場合は、腹が立つと同時に、腹の中で性零類接觸行銷質の悪い物質に転換され、いろんな臓器に転移し、
徐々に、あちこちを蝕んでいく。
といっても、腹を立てるのは、家族のなかで、特定の1名だけであって、
他の家族に対しては、めったに腹を立てることはない。
一生のうち、数えるぐらいだ。
それも、仮に腹を立てた事実が過去にあったとしても、内容すら忘れている。

つまり、特定のある人物といっしょ、わたしの内臓は、どんどん悪化する。
しかし、その、わたしに腹を立てられている特定の人物は、
わたしが腹を立てている、煮えくり返って、瀕死の状態であるこ鮮魚行とをぜんぜん、知っていない。
これは、やはり、あきらかに、わたしが悪い。
どう、贔屓目に見ても、だ。

そう思うと、腹が立つ物質は、別の性質になり、わたしの体中を蝕みまくったあと、消えることなく、
悪質な物質を、抗生物質などを利用して、適正な治療や手術をせず、放置した、その原因は自分だ、
ということになり、ブー自分に帰ってくる。
自分の首にグサっと刺さる。

自分が悪いのだ。

悪循環。負のスパイラル。

日頃、ブログで、プラスのスパイラルを提唱、唱えているわたしなのに、
実際には、ぜんぜん、そんなことは出来ていない。
口だけ、筆だけ、意気込みだけ、理想だけ、???ということだ。

(なんらかの直接の原因がなくても、わたしは気分屋なので、書いた時は、ほんとうに、そう思っている???
書いた時の気分には、晴れの日も、曇りの日も、雨の日も、嵐、雪、台風、竜巻の日もある。
書いた瞬間に、その気分はまた別のものに変わっていることもある)

と???
別に、その特定の人物と、具体的に、最近、なにがあったわけでもないのに、
「腹が立つ」というテーマで、書こうとすると、こんなに、ネチネチと筆が進む。
なんと、嫌な性格であろうか。わたし。
とまた、自分にブーメランが戻ってくる。




ピーッと鳴りました

カテゴリー


顔とカラダは、かなり大きな要素だと思う。
身体能力もさることながら、見た目が、効く。

背筋がぴしっとしていて、お腹まわりがスッキリ。
動作が、キビキビ、あるいは、優雅。
年齢がいっていても、お色気詩琳 好唔好というものが漂う。
しかも、男性女性、両方。

じーさん、ばーさん、と、侮ってはいけない。

前に、とてもステキな男性をお見かけした。
年の頃なら、75歳ぐらい??
知的で、やや枯れていて、ダンディ。
わたしは、最近は、食べ物の好詩琳みもそうであるが、
あまり、ぎんぎん、ぎらぎら、べとべとは、受け付けなくなった。
冷ソーメン的に、さらっと、上質、上品が、好き。


とか言いつつ、明日は、家族が寄り集まって、我が家で焼肉パーティ。
べとべと、ぎんぎん、大汗をかき詩琳そうだが。

我々は、実家がらみの夏の納涼?恒例焼肉パーティには参加しないが、
自分たちで別に、自宅で焼肉をすることになった。
焼肉に参加する若い彼らは、
なんと、前もって、ホットプレートを用意して持ってきてくれた。
ただし、箱に入った器具のみ。
あとは、お願いしますね、という流れ。

わたしは、肉をはじめとする材料、その他、一切がっさい担当。
まあ、親というものは、そういう役が回ってくるものだ。


我が家の固定電話は、留守番電話にしている。
伝えたいことがある場合は、メッセージが入っている。
が、それはマレで、ほとんどは、かけてきた人は、こちらの留守番メッセージが流れる間、待たず、
「ただいま留守にしていますら???」
と、こちらの留守番メッセージの第一声が流れると、ぶちっと無言で切られる。

いきなり、「もしもし」と話す人もなかにはいるが、
「ただいま、留守にしています???」と留守番メッセージの冒頭が聞こえると、がちゃんと切られる。

「もしもし???○○です。いま、外にいるから、開けて~」と、家族からの聞き覚えのある声が聞こえると、
即座に玄関に駆けつける。

身内(家族や実家関係)、友人、知人、業者たちは、全員、ケータイ。

というわけで、わたしは固定電話には出ない主義だ。
玄関のチャイムも、宅急便と、郵便屋さん以外は、出ない。
セールス一切お断り。
宅急便かなと思って、インターホンを取ると、セールスだったりして、
インターフォン越しにやりとりする場合もあるが、玄関に出て行くまでもなく、お断りする。
ご近所さんの場合、「○○です」とか、見覚えのない顔でも、「自治会の△△です」とか、
名乗ってくれるので、出る。

いくら電話をかけても、わたしが出ないので、業を煮やした押し売り業者が、直に家に訪問してくる。
応対しないと、押し売り内容の入った封筒などを、玄関先の郵便受けに放り込んである。
わたしは、「押し売りはお断り!!」なのに、一向にめげずに、どんどん、がんがん押し売りに来る。
こちらは、応対しないにしても、精神的に、けっこう、疲れる。



言うことをきかな

カテゴリー

家を飛び出して行くのは、あるカタマりの人数の人には、期待ハズレなんだと受け取った。
リアル充実なブログは、お嫌いかと?


一昨日は、徒歩で、ふた駅向こうの、美術史家の邸宅を美術館にした、マル詩琳 好唔好モッタン美術館に出向いたが、2ヶ月近くお休みだった。
残念。
現地の新聞か、インターネットで事前に調べたら、わかったのだろうけれど。
で、公園で秋を満喫しつつ、帰り道にスーパーマーケットに寄って食糧調達したりして、とぼとぼ歩いて帰った。


突然、目の前に、立派で美しいエッフェル詩琳 好唔好塔が現れ、びっくり。
建築美。
しっかり、どっしり、しかも、きりっとしていた。
初めてでもないのに、新鮮だった。
しかしまあ、なんと、アパルトマンから近いことか。
大勢のパリのおのぼりさんたちが、楽しそうにハイになっている顔に出会った。

傍らで、階段に腰を下ろす、どっと疲れた表情の、皮膚の色の濃い人。

そのまた傍らで、またまた人間ウォッチャーに化妝課程なっているわたし。
どこにいても、わたしは、わたし。


げんなり。

記事カテゴリーに「旅」を選んだものの、異国の地で引きこもっているだけ。

今日は真面目に外出しよう。

そう思ってブログ更新を手早く済まそうと、

なかなか言うことをきかないiPadをなだめながら頑張って入力、さあアップというところで、

ああ。。。。。消えた。

こういう時は、ほんとうに疲れる。

やる気を出してもう一度....となっても、アタマからも消え、違うことを入力している。